Pochitto(ぽちっト)神戸 | 日本人と英語
更新:2020.9.23
第16回---日本人と英語
ミス・スペンサーの英語のクラスには、ドイツ人のキャスリンや香港出身のミシェル、タイ人のプイたちがいた。みな英語が上手だった。留学生のための英語の授業だが、教科書も文法ドリルもないので一体どうやって勉強すればいいのか、私は途方にくれた。毎週、小説を50ページほど読んで、何が書いてあったか授業でしゃべるのだが、中学校で精読の授業しか受けたことがない私は、せいぜい3ページ読むのがやっとで、その部分しか知らないのであらすじは分からない。
一行ずつノートに写して、意味調べをして丁寧に訳をつけていく作業を何時間も頑張ったが、先生に「トモコは何ページ読んだのか」と聞かれて「3」というと、ミシェルは舌をチロチロっと出して笑った。細くて白くて顔が小さい、妖艶な容姿の彼女はいかにも蛇のようだった。
彼女は流暢に主人公の行動を語るのだが、その内容はどうにも理解不能で、辻褄が合わないように思えるし、そうは書いてなかったようにも思える。スペンサー先生が首を横に振ってもお構いなく話し続け、私以外の語学に長けた学生は活発に議論に参加していた。半年後、ようやく慣れて読解が追いついた頃、彼女たちの議論は全くもっていい加減で論点が大きくズレていることが理解できたが、話が荒唐無稽でやはり議論には参加できなかった
その後ケンブリッジ英検で私はBを取り、ミシェルはCだった。クリスマスに香港に帰るミシェルは、寮を出る時に黒赤の上等なスーツにミンクのコート、チンチラのマフラーで豪華な宝石のチョーカーをしていた。一緒にいた同じ香港出身の上級生のジョナサンやジェフリーと広東語で話していたが、彼らも上質な洋服に法外に高そうなアクセサリーを身につけて、えも言われぬいい匂いがしていた。
香港でビジネスに成功した親の事業をいずれ世襲する彼らは、私のようにチクチクと精密に語学を学ぶより、即応的で大雑把な語学力が必要だった。勢いや交渉力がものをいう世界に生きる香港人なのだ。十数年前、卒業生名簿のアップデートを見たとき、彼女はラグジュアリー分野で活躍しているらしかったが、それから香港ではデモが起こり、コロナ、ついに先月は香港国家安全法が施行された。(つづく)
ECC鈴蘭台駅前教室 前島朋子先生