日本人と英語

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更新:2022.3.23

第5回---日本人と英語

卒業式の日、アートの学生だったエスタの両親が寮生や先生方に挨拶していた。卒業後はロンドンのロイヤル・カレッジに進学が決まっており、これから1年間、ブルネイの自宅でギャップ・イヤーを満喫すると言っていた。

小学校から大学、就職までストレートに進学する日本人の私には、1年も学校に行かずに自由な時間を過ごすことなど想像もできなかった。

そういえばスイス人の留学生が、美術か物理かで進路を迷っているので、ギャップ・イヤーを日本でアートに没頭して過ごしてみてから大学を決めると言って、結局3年間も日本にいたのを思い出した。

彼はその後、物理を専攻してソルボンヌ大学の教授になった。エスタもロイヤル・カレッジ在学中に三菱銀行の小切手のデザインをしたと後年の手紙で知った。エスタは父がイギリス人、母が中国人のハーフだが、中国語は全く話せない。それどころか、エスタがおっとり話すのを母親は嫌って「あなたの英語は一体どうしちゃったの」とよく叱られるらしい。

イギリス人の友人達にはブルネイに遊びに来てちょうだいと声をかけていたが、エスタが私を紹介すると、日本には2回行ったが、清潔で食べ物が美味しかった、あんたは日本人にしては良い英語をしゃべるね、と言っただけだった。貧困と混沌の中国で苦労してきた彼女は、娘をアジアから遠ざけたかった。ほとんど英語を話さない日本人の恵まれた生活にも、複雑な思いを持っていただろう。国内にいれば均一な文化のもとで、人々には共通理解があり、モノリンガルで快適に暮らせる、世界一清潔で食べ物の豊かな長寿国なのだ。

だからこそ外国語の勉強には切迫感がない、議論に参加できずにポカンとした顔で相槌をウンウン打つだけの哀れな連中だ、お幸せな日本人の語学留学ならぬ娯楽留学だからせいぜい1年で音を上げて帰国するんだろうと、侮蔑もしていた。良い英語をしゃべるねとは、多少の苦労はして頑張ったねという賛辞だ。違う言葉の地に来た人間がサバイバルのために覚えるのがその地の言葉であり、彼女にもエスタにも、私にとっても英語は死活問題だった。

9歳から9年間、イギリスの寮生活を終えて世界一の美術学校に入学したエスタは、その学費を捻出し続けた夫婦の積年の苦労が滲む壊れそうな車で去っていった。(つづく)

ECC鈴蘭台駅前教室 前島朋子先生

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