Pochitto(ぽちっト)神戸 | 日本人と英語
更新:2022.7.23
第27回---日本人と英語
ロンドンのパンクロス(St Pancras)駅には大きな時計がある。イギリスの鉄道は、ロンドンをハブに放射状に路線が広がっているので、必ずここを経由する。
休暇になると北のスタッフォードシャーから南サセックスまで7、8時間かけて移動していたが、長距離列車に乗り込むのは勇気のいることだった。
指定席の切符を購入すると乗り損ねるかもしれないので、乗ってから車掌に発券してもらう。不思議なことに往復切符の方が運賃が安くなることもあり、そちらを買おうとすると、乗り合わせた同級生らが口々に「今日は戻ってこないじゃないか」と非難するので、車掌に睨まれながら高い片道切符を渡され、まるで万引き犯になった気持ちだった。
復路の切符は使わないかもしれないが、お得な方を購入するのは消費者として当然じゃないのか、と弁明できれば汚名を雪げたかもしれないが、そこまでの語学力はなかった。
次々に電車を降りていく彼らは、皆にそれぞれ挨拶したりハグして別れるのだが、私は顔を上げることができなかった。
私だけ無視されるのも怖かったし、私など挨拶される価値もないように感じていた。恥辱感と不安で涙が溢れそうだったが、長いこと寝たふりをして過ごした。
ロンドンに着く頃にはすっかり独りぼっちになっていたが、街の華やいだ喧騒に私の心は弾んでいた。巨大な構内をスーツケースを引きずってずいぶん歩き、パンクロス駅にたどり着いた。大きな時計が見えてきたら、約束の場所に来れた喜びで胸が高鳴った。
「ロンドンに3日間滞在して観光するんだ。大英博物館やハイドパークに行きたいんだ。チャイナタウンで食事もできるよ。」と前日に寮を出たジェイコブは、卒業生らを見送る私に近寄って小声で言った。「We?」「それはフランス語かい?それなら明後日、パンクロスのあの時計の下で君が見えるまで待っているよ、仔猫ちゃん。」彼は私にウィンクして、颯爽とアボツホルムを去っていった。南サセックスのガーディアン宅に到着してすぐに、明日、ロンドン観光に行きたいと言うと、サザーランド夫人は、1人では危険だからダメだと言った。模範生のジェイコブと一緒だから大丈夫だと説明すると、サザーランド夫人の返事は、アブサルートリーノット!だった。
(つづく)
ECC鈴蘭台駅前教室 前島朋子先生