Pochitto(ぽちっト)神戸 | 日本人と英語
更新:2023.9.23
第34回---日本人と英語
寮長で英語教師のリチャードソン先生はレズビアンだった。寮内のフラットに、EFLの英語教師のスペンサー先生と住んでいて、事情を知らない私は、英語の先生どうしで部屋をシェアする仲良しなのだと思っていた。
50代の2人は白髪混じりのショート、シンプルなシャツとパンツ姿で化粧も香水もつけない。早朝から夜のリポートイン(門限の点呼)まで毎日、2人は教師として協働し、先生カップルとして全寮制の学校で暮らしていた。年度末の学芸会のメインイベントは両先生のプロデュースする劇発表で、衣装も舞台セットも立派で、出演者の学生は一言もセリフを間違えずに1時間の公演をやり切った。
ジェイン・オースチンの『プライドと偏見』を知らなかった私は、複雑な登場人物の関係は理解できなかったが、ただ普段とはかけ離れた役柄に見事になりきっている生徒たちの演技に魅せられた。友達のエスタに、あの劇のオーディションはいつやるのかと聞くと、あれはリチャードソン先生が生徒に役を割り当てているので、自分から出たいとは言わない、という。
学芸会の劇発表は日本では民主的に立候補でジャンケンなのに、イギリスでは先生の一存で決めて不満が出ないばかりか、プロの役者さながらの仕上がりだ。先生の見立ては確かだった。
英語が拙いせいで何かとトラブルを起こす私を、先生は毅然とした態度で、しかし思慮深く指導してくれた。
いよいよ日本に帰国するという時、3年分の荷物をどうにも処分できない私に先生は、日本に帰ってその後に「あなたはどうしたいのか、トモコ」と聞いた。ゴミともガラクタともつかない小物や衣服、ノートやレポートの山、イギリスで買ったベースギターとアンプ、大量の本が行き場なく廊下に出されていた。
「私は必ずもどる」と答えると、先生は一緒に別棟の地下にそれらを運び、一角に積んで「取りにもどりなさい」と言った。門限も忘れて勉強しても成績はD、ホームシックでワインをあおって泥酔、吸いもしないタバコの廉で停学、娘は不良になったと落胆する両親、それでも捨てられないイギリスのボールペン一本まで、先生は取っておくと言ってくださった。
ひとつも無駄な物はないのだと歯を食いしばる私を、分かってくれた。(つづく)
ECC鈴蘭台駅前教室 前島朋子先生