Pochitto(ぽちっト)神戸 | 街角浪漫
更新:2024.3.23
第43回---街角浪漫
西鈴蘭台駅前のホームスターナさんの所に有った星電社で52年前に買ったラジオから今日も音が流れてきます。
以前は土曜の朝に放送されていた日曜深夜のラジオ文芸館は特にお気に入りで、以前に読んだ小説が聞こえてくると、読むのと違って風景や人物が違った映像になって浮かび上がって来ます。
例えば浅田次郎作の「うたかた」が流れて来た時は、満開の桜が舞う団地の部屋の中で支援品のお弁当も食べつくし、冷蔵庫の中も空っぽにも関わらず、苦しみながら餓死したであろう老婦人の顔が穏やかなのが、検視に来た若い刑事が不思議に思う所から始まりますが、先の大阪万博が開催される頃の東京近郊の公団住宅の話です。夢と希望に溢れた新居の前の、子供と共に大きくなっていく桜の木に、ここで過ごした日々の想い出を辿り、やがて取り壊しになる団地の最後の住人となった老婦人の下に、前の公園の桜の花びらが舞い散る時、先だった亭主が窓から迎えに来て共に旅立っていく結末は、高度経済成長期世代の方達にしか味わう事の出来ないあの時代の生き様を、毎年咲く満開の桜を見る度、大切にもかかわらず何故かしら思い出せない出来事を丁寧に表現した作品だと思います。そんな桜はこの街でも至る所で春を待っています。
例えば西鈴蘭台駅南西の第三団地の道沿いの桜もその一つでしょう。半世紀を超えるソメイヨシノの並木はこの街の人々の人生をどれ位、見守ってきたのでしょうか。人々も来年こそは素晴らしかったと満開の桜に、褒めて貰える様な人生に神様にお祈りするが如く胸に刻んで暮らしていると思います。
又桜前線とはよく言ったもので、一目千本と謳われる奈良の吉野の桜も、鈴蘭公園付近が見頃になると中千本辺りが丁度満開になります。
優しい季節風に吹かれて舞い散る桜吹雪に見入る時から桜は来年に咲かせる為の準備にかかります。葉桜になっていくと、来年もこの桜を観るのだと心に言い聞かせます。
そしてまた花が咲く頃には、どんな誓いを立てたのかも思い出せずに満開の桜に見惚れ、呑気にも今年も観る事が出来た事を感謝して日々を送っていくのです。
ラジオから「桜」と声が漏れるとリスナーの頭に浮かぶ桜は、百人百様其々最高の風景でしょう。この想像力がラジオの良さだと思います。
昔から川辺に咲く桜並木は、土手を人々が歩く事によって岸辺が固まるのでお手軽な土木工事の一環でしたが、そうした所は鉄道を敷くのも比較的容易な為、自慢の車窓風景が全国には沢山在りますが、そんな名所を違う季節に訪れた時、どうしても又行ってみたいと思っている所が在ります。秘境駅「備後落合」からJR西日本唯一の三段式スイッチバックを通り宍道へと続く木次線の斐伊川沿いの桜並木です。
作 山善寿司 大将